備前一宮、吉備津彦神社 [ふらり旅・イベント]
連休中、大量に蚊に食われて足が腫れて酷いことになってしまったので、昨日は皮膚科へ。アレルギーの飲み薬を処方してもらいました。
「1日分だけ強いお薬を出すから。これを飲み終わったら翌日からは軽めの薬を飲んでね。強い薬は眠くなるので、そのときは寝ちゃって下さい」って言われて、帰宅後飲んだらホントにガッツリ寝てしまった(笑)
……というわけで、昨日はブログ巡回できませんでした^^; (言い訳)
今日は遊びに行きます。
*
ブログは昨日の続きです。
吉備津彦神社の第一駐車場には桃太郎の像が立ってます ^m^
家を出てから此処に来るまでトイレに行ってなかったので、駐車場にあるお手洗いを借りたときにパチリ(笑)
てくてくと参道に戻ってきました。境内に入る前にあるのが環状列石です。
古代の祭祀場。仏教伝来前は神社には建物は無かったからね。こんなふうに石が並べられたりして祈りの場になっていたんだよね。吉備の中山から神様が下りたときに鎮座される里宮と考えられてます。
環状列石のある島には渡ることが出来ないようになっていたけど、こういうのが残ってることからも、すごく古くから神聖な場所だったということが分かるわ。
いよいよ境内に入ります。随神門の前で一礼。
初めまして〜!
門をくぐると目の前には拝殿がありました。
「岡山に来るのは初めてです。今日は吉備津彦サマのことをいろいろ考えるために来ました。これからよろしくお願いします」とご挨拶。
挨拶も済んだので、いろいろ探検させてもらうよ〜。
拝殿を横側からパチリ。
ふむふむ。拝殿、祭文殿、渡殿、本殿と一直線なのが分かる。
そして渡殿と本殿は柵の向こう側。参拝者は入れないようになってます。
境内図を見ると分かるかな? 3番と2番の間には柵が設けられていて中に入れません。
そして5〜8番。この空間の四隅をかためるように小さな神社が建てられているのだ。
本殿に祀られている「大吉備津日子命」を見守っているのか、それとも見張っているのか?
ちなみに四隅の神社名と神様は以下の通り。
5番:楽御崎(らくおんざき)神社 / 祭神 楽々与里彦命(ささよりひこのみこと)
6番:楽御崎(らくおんざき)神社 / 祭神 楽々森彦命(ささもりひこのみこと)
7番:尺御崎(しゃくおんさき)神社 / 祭神 夜目麻呂命(やめまろのみこと)
8番:尺御崎(しゃくおんさき)神社 / 祭神 夜目山主命(やめやまぬしのみこと)
楽々(ささ)っていうのは製鉄を表す言葉。楽々(ささ)= 砂鉄の意味。
おそらく夜目も製鉄炉の火を昼も夜も見続けることに関係してるんじゃないのかなーと思ったわ。
御崎(おんさき or みさき)は怨霊を鎮魂する神社に使われる名前。吉備津彦を祀る神社にはこの名前が多く使われてるよ。
岡山では御崎を祀る神社は 30 社を越えるそうな。吉備津彦が怨霊って思われてるってことは、岡山で信仰されているのは朝廷との戦に負けた吉備津彦?
本殿に居るあなたは誰ですか??
もともと吉備国を治めていた吉備津彦?(温羅)
それとも大和から攻め入った吉備津彦?(彦五十狭芹彦命)
それとも……違う「吉備津彦」が居る?
はっきりとは分からないまま境内を散策です。
この石段の上には子安神社があって、そこから末社がずらーっと続いてました。そして虫も多かった(笑)
ムヒは持参してたけど、虫除けスプレーを持ってこなかったのは失敗!
この日は蒸し暑くて汗だらだら。蚊が寄ってくるよ〜!(蚊に好かれます)
ずらりと並ぶ 7 つの末社。温羅と彦五十狭芹彦命の戦いに関する神社もいろいろありました。そのうちこの戦いの様子も紹介します。
温羅の和魂(にぎみたま)を祀った温羅神社もありました。
公式サイトには、「童話『桃太郎』では吉備津彦命と戦った温羅は鬼とされていますが、吉備の国に様々な文化をもたらし「吉備の冠者」の名を吉備津彦命(この場合は彦五十狭芹彦命のこと)に献上したとされる温羅命の和やかな御魂をお祀りしています」と書かれてます。
そうなのだ。温羅はだいたい3世紀くらいに吉備国に渡来して、吉備国の人に最新の製鉄技術を伝え、国を豊かにしたと吉備の人には語り継がれているのよ。(飛鳥時代〜平安時代は文字を書ける人は限られていたけど、室町時代くらいになると、民衆に語り継がれた話が書かれるようになるみたい)
でも、じつは温羅以前に製鉄技術を持ってこの地に来た一団がいるんだけど、それをこの旅日記で書くかはまだ謎。今回の旅は行ったところが限られてるので、絡めるのが難しそうなら書かずにスルーする予定w
さて。お次は備中国一宮の吉備津神社へ行きますか。
此処から歩いて行けるはずなんだけど、どうやって行くのかな。ムヒを塗りながら地図を見てると、郵便配達の人がバイクで来たので聞いてみた!^^
「配達エリア外だからなー」と言いながらも、スマホの地図を一緒に見てくれて、「吉備の中山みち」に通じる道を教えて貰いました。
「どのくらいかかるか分からないけど、一本道だから」と言うことなので歩いてみるぞ〜!
※ このスクショを撮った時間と、吉備津神社に到着して写真を撮った時間で調べると 30 分弱歩いたようです。
「1日分だけ強いお薬を出すから。これを飲み終わったら翌日からは軽めの薬を飲んでね。強い薬は眠くなるので、そのときは寝ちゃって下さい」って言われて、帰宅後飲んだらホントにガッツリ寝てしまった(笑)
……というわけで、昨日はブログ巡回できませんでした^^; (言い訳)
今日は遊びに行きます。
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ブログは昨日の続きです。
吉備津彦神社の第一駐車場には桃太郎の像が立ってます ^m^
家を出てから此処に来るまでトイレに行ってなかったので、駐車場にあるお手洗いを借りたときにパチリ(笑)
てくてくと参道に戻ってきました。境内に入る前にあるのが環状列石です。
古代の祭祀場。仏教伝来前は神社には建物は無かったからね。こんなふうに石が並べられたりして祈りの場になっていたんだよね。吉備の中山から神様が下りたときに鎮座される里宮と考えられてます。
環状列石のある島には渡ることが出来ないようになっていたけど、こういうのが残ってることからも、すごく古くから神聖な場所だったということが分かるわ。
いよいよ境内に入ります。随神門の前で一礼。
初めまして〜!
門をくぐると目の前には拝殿がありました。
「岡山に来るのは初めてです。今日は吉備津彦サマのことをいろいろ考えるために来ました。これからよろしくお願いします」とご挨拶。
挨拶も済んだので、いろいろ探検させてもらうよ〜。
拝殿を横側からパチリ。
ふむふむ。拝殿、祭文殿、渡殿、本殿と一直線なのが分かる。
そして渡殿と本殿は柵の向こう側。参拝者は入れないようになってます。
境内図を見ると分かるかな? 3番と2番の間には柵が設けられていて中に入れません。
そして5〜8番。この空間の四隅をかためるように小さな神社が建てられているのだ。
本殿に祀られている「大吉備津日子命」を見守っているのか、それとも見張っているのか?
ちなみに四隅の神社名と神様は以下の通り。
5番:楽御崎(らくおんざき)神社 / 祭神 楽々与里彦命(ささよりひこのみこと)
6番:楽御崎(らくおんざき)神社 / 祭神 楽々森彦命(ささもりひこのみこと)
7番:尺御崎(しゃくおんさき)神社 / 祭神 夜目麻呂命(やめまろのみこと)
8番:尺御崎(しゃくおんさき)神社 / 祭神 夜目山主命(やめやまぬしのみこと)
楽々(ささ)っていうのは製鉄を表す言葉。楽々(ささ)= 砂鉄の意味。
おそらく夜目も製鉄炉の火を昼も夜も見続けることに関係してるんじゃないのかなーと思ったわ。
御崎(おんさき or みさき)は怨霊を鎮魂する神社に使われる名前。吉備津彦を祀る神社にはこの名前が多く使われてるよ。
岡山では御崎を祀る神社は 30 社を越えるそうな。吉備津彦が怨霊って思われてるってことは、岡山で信仰されているのは朝廷との戦に負けた吉備津彦?
本殿に居るあなたは誰ですか??
もともと吉備国を治めていた吉備津彦?(温羅)
それとも大和から攻め入った吉備津彦?(彦五十狭芹彦命)
それとも……違う「吉備津彦」が居る?
はっきりとは分からないまま境内を散策です。
この石段の上には子安神社があって、そこから末社がずらーっと続いてました。そして虫も多かった(笑)
ムヒは持参してたけど、虫除けスプレーを持ってこなかったのは失敗!
この日は蒸し暑くて汗だらだら。蚊が寄ってくるよ〜!(蚊に好かれます)
ずらりと並ぶ 7 つの末社。温羅と彦五十狭芹彦命の戦いに関する神社もいろいろありました。そのうちこの戦いの様子も紹介します。
温羅の和魂(にぎみたま)を祀った温羅神社もありました。
公式サイトには、「童話『桃太郎』では吉備津彦命と戦った温羅は鬼とされていますが、吉備の国に様々な文化をもたらし「吉備の冠者」の名を吉備津彦命(この場合は彦五十狭芹彦命のこと)に献上したとされる温羅命の和やかな御魂をお祀りしています」と書かれてます。
そうなのだ。温羅はだいたい3世紀くらいに吉備国に渡来して、吉備国の人に最新の製鉄技術を伝え、国を豊かにしたと吉備の人には語り継がれているのよ。(飛鳥時代〜平安時代は文字を書ける人は限られていたけど、室町時代くらいになると、民衆に語り継がれた話が書かれるようになるみたい)
でも、じつは温羅以前に製鉄技術を持ってこの地に来た一団がいるんだけど、それをこの旅日記で書くかはまだ謎。今回の旅は行ったところが限られてるので、絡めるのが難しそうなら書かずにスルーする予定w
さて。お次は備中国一宮の吉備津神社へ行きますか。
此処から歩いて行けるはずなんだけど、どうやって行くのかな。ムヒを塗りながら地図を見てると、郵便配達の人がバイクで来たので聞いてみた!^^
「配達エリア外だからなー」と言いながらも、スマホの地図を一緒に見てくれて、「吉備の中山みち」に通じる道を教えて貰いました。
「どのくらいかかるか分からないけど、一本道だから」と言うことなので歩いてみるぞ〜!
※ このスクショを撮った時間と、吉備津神社に到着して写真を撮った時間で調べると 30 分弱歩いたようです。