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境内でご挨拶:武蔵一宮 氷川神社 [ふらり旅・イベント]

9/30 に出掛けた大宮・氷川神社の話なのにゃ〜。

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武蔵一宮 氷川神社。境内はこんな感じです。



三の鳥居をくぐって境内に入り、右奥にある天津神社からご挨拶をしていこう。
少彦名命さんは、いつも参拝する上野の五條天神社にも祀られている神。



六社、松尾神社を参拝し、神池に架かる橋を渡って楼門に到着。



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ここからは神様の話になるんだけど、何度かブログでも書いているように、私は神社や神様に関しては御利益云々よりも、なぜ "それ" は神になったのか、その場所に祀られるようになったのかという「歴史」に興味があります。縄文人の世界観に始まり、仏教が伝来して神社に今まで存在していなかった拝殿や本殿が建てられるようになったその文化の流れ(= 歴史)に興味があるのです。

そんなわけで、純粋に神様を信仰してる人にはゴメンナサイ的な内容もありますがご了承ください(>人<)
こーゆー考え方なので、神社で神様にご挨拶 & 感謝 & 近況報告(笑) はしても、願い事はしないのでした。たまーに例外もあるけど、自分の願い事はしないww
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神様のスサノオさん。
今は神だけど、もとは人間だと思っています。神道の考えでは死ねば人は神になる。死の瞬間まで用いていた名前のあとに「命(みこと)」を付けて、その瞬間から神になるんだそうな。

関東の開拓神として祀られたスサノオさんは、出雲出身(もとは大陸の方から来てるんだろうけど)のスサノオ一族の子孫達なんだろうと私は思っているよ。実際にこの地に辿り着き、この辺りに住む人たちをまとめあげて開拓していったんだろうな。そして神になり氷川神社に祀られた。明治天皇が氷川神社を武蔵国の総鎮守にしたくらいチカラを持っているスサノオさん。



古事記ではスサノオはアマテラスの弟として描かれて、高天原をめちゃくちゃにして追放(とは言ってもスサノオは高天原に住んでいたわけではないので、出禁ならともかく追放も可笑しな表現だw)されちゃうわけなんだけど、実際は製鉄技術を持っている強大な一族。(今回は鉄の話はスルーするよ)

日本で一番の山、それは富士山。
でも不思議なことに古事記には富士山に関する記述は一切ないのよ。あれだけの山、今だって霊峰富士と言われるのに書かれていない。ヤマト王権にとって富士信仰をしている別勢力のことは書けなかったのか? そしてその勢力がスサノオなのではないかという話もあります^^



そのスサノオの王宮があった場所が、この大宮界隈、氷川神社がある辺りなのではないか?
残念ながら関東は古富士火山の噴火で、火山灰が何層にも滞積した平野。でも何か出てきたら面白いんだけど、出てこないねえww



スサノオさんにご挨拶です。
アマテラスさんよりもスサノオさんが祀られている神社に参拝することが多いので、此処に参拝することができて嬉しい ^ω^

じつはこの翌日、家の近くのスサノオさんが祀られている神社に「昨日、氷川神社に参拝しましたよ〜」って報告しに行ったら、なんと昇殿参拝できる日だったのだ。有り難く拝殿の中で報告することが出来ました。相方クンは初めての昇殿参拝で、嬉しかったみたいです。縁が出来たねw



さて。スサノオさんへのご挨拶は終わったので、次は門客人神社を探すよ!
スサノオさんが祀られる前、このあたりで信仰されていた土着神。氷川神社の伝承ではアラハバキ神が祀られていて、名称もアラハバキ神社だったんだとか。でも今はスサノオの義父母に祭神が変更されてます。
スサノオさんは元々この土地の人ではない。此処には以前から住んでいた人たちが居て、その人たちが信仰していた神が居たのよね。

スサノオの居る境内との間には柵があってそのすぐ外側に祀られていました。



もしも神社に参拝したときに「門客人神社」という摂社があったら、それはその神社にもともと祀られていた神さま。氷川神社の場合はアラハバキ神(縄文の神と言われてます)だったけど、その土地によって土着神の名前は違うと思われます。「門客人」として門番の神にすることで主従関係を宣言してると考えられてるんだって。

しっかりご挨拶をして、それから向かったのは稲荷神社。
ここのお稲荷さんはめっちゃ立派だった!



神社内の写真は撮ってないんだけど、社殿内も独特の雰囲気でした。
(脳内には光景が浮かんでいるんだけど、うまく日本語に出来ない。記憶が古くなっちゃった所為だ)



最後に参拝したのは宗像神社。
スサノオとアマテラスの誓約(ウケヒ)で産まれた三女神です。誓約に至った経緯は今回は書かないので気になった人は調べてくださいw

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見て見て。女神が祀られているはずなのに、千木が外削ぎ。
もしかして昔は男神が祀られていた??

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帰宅してから気になったので、宗像三女神を祀る神社の総本社である宗像大社のサイトに行って確認してみると、辺津宮の本殿の千木は外削ぎになってました。氷川神社の宗像神社はこれに倣ったわけだね。ちなみに宗像大社にこの件を問い合わせた人が居て、内削ぎ・外削ぎは俗説ですと回答されたという記事を見つけました^m^

沖津宮は外削ぎ、中津宮は内削ぎ、その理由については、特に伝承されていないという回答だったそうな。建てられた時代やその当時の文化なんかも調べていくと面白いのかもしれないねー。こりゃ大変な作業になりそうだww

※ 宗像大社は、玄界灘に浮かぶ沖ノ島(別名:海の正倉院。島のモノは全部国宝と言われるね。神職しか上陸できない女人禁制の島)にある沖津宮、筑前大島にある中津宮、そして宗像市田島の辺津宮という3社の総称。 沖ノ島の沖津宮には行けないけど、中津宮と辺津宮はいつか参拝したい。海洋豪族・宗像氏のことを調べるのもワクワクするww


こんな感じで氷川神社の参拝記事は終了っ
次回は最終回。お昼ごはんだよ〜!


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