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一言主大神は初めての参拝 [ふらり旅・イベント]

5月2日の茨城日帰り旅行。
最後の神社は、一言主神社です。画像のスタートはポケGO画面ww
(ジムが黄色だったので便乗して置いた)

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この日、天気予報は晴れのち雨でした。
15時過ぎから雨が降る予報だったのだ。酒列磯前神社から一時間ほど車を走らせていると、空の色がだんだん変わってきたの。でもこの神社巡りで終わりだから、それまで持ってくれたらOK!!

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境外駐車場というところに車を停めて、てくてく林道のようなところを歩くと趣のある風景が出迎えてくれました。

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一言主大神を祀る神社を参拝するのは初めてなの。
祀られているところをあまり知りません。
「一言主」というと、やっぱり葛城山(奈良県)ってイメージが強いのだ^^

古事記や日本書紀では、雄略天皇の話の時に登場します。

天皇が葛城山で狩りをしていたら、自分とそっくりの人物が現れるの。
「この大和の国には、自分の他に君というものは居ないはずだ。いったい何者だ」と天皇が言うと、向こうも同じことを言ってくるのだ。
「それなら名を名乗れ。互いに名乗り合ったうえで矢を放とう」と天皇が言うと、そっくりの人物が「先に聞かれたから私から名乗りましょう。私は悪事も一言、善事も一言で決めてしまう言離(ことさか)の神。葛城の一言主之大神である」と名乗ったのだ。

天皇は恐れかしこんで拝礼して、腰に帯びた太刀・弓矢・役人達の着ている服を献上したそうな。

なんとも意味深な話だけど、葛城山に拠点を置いていた賀茂氏と朝廷(ヤマト王権)の、あんなことやこんなことが絡んでいそうなお話しでございます(笑)
日本書紀では、名乗ったあと一緒に仲良く狩りをしたっていうふうに話が変わっているので、朝廷が負けたことにはしなかったのかな?w
ちなみに私の好きな役小角サマも賀茂氏の出だ ^m^

一言主之大神と出雲の国譲りに登場する事代主神は同一視されてるよ。
ホントは少し違うんじゃないかな〜と個人的には思ってるんだけどね。

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拝殿で「初めまして」のご挨拶。
いつか葛城一言主神社(総本社)にも参拝しますので縁を結ばせてくださいと伝えてきましたわ。
参拝を済ませたので境内散策。

裏に回ると本殿が見えました。有形文化財なのかー。
一言主大神を信仰していた平将門の後裔と伝わっている、下総国守谷城主・相馬弾正胤広侯の寄進によって長禄3年(1459年)に再建されたものらしいです。

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摂社もズラリと並びます。

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うひゃ〜!そうそうたるメンバーだよ!
怒らせると怖い神様も居ますねぇ (-人-)

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境内はものすごく落ち着いた雰囲気で、とても気持ちが良いです。
この辺りから山羊の鳴き声が聞こえてきていて、どこからだ?? って探したら、神社の隣の民家らしきほうから聞こえてました。

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そして今回、初めて遭遇したのがコチラ。
御神砂。

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なんだこれ?って調べたら、祓い清められた砂なんだって。
「ご自由にお持ち帰り頂き土地の四方に撒き、清める等の用途にご利用いただけます」ってことでした。

最初は必要ないかなって思ったんだけど、建物を改修・修繕するときにも撒くと良いみたいなので、大規模修繕中の我が家にいただいていくことにしましたわ。

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かなり深いところに御砂があったので、落ちないように気をつけていただきます^^
御守りを授与したときの袋に入れて持ち帰りました。

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御神砂の隣には石棺がありました。
この地方最大の大塚戸古墳群から出土したもので、小口積石棺という珍しいものなんだって。

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どんな人が眠っていたのかなあ。
説明書きによると、「南方民族が当時すでに利根川をさかのぼって安住し、文化をもたらし、神社の創立となったことがうかがわれる」って書かれてました。(この神社の創立は平安時代のようです)

これにて今回の旅、神社巡りは終了。
清々しい気持ちで境内を出たら、太陽が出てきて、柔らかい霧雨が。
雫に太陽の光が反射して、とっても幻想的な風景になったんだよー。(スマホはしまっていたので写真はナシw)

狐の嫁入りだね〜って言いながら、駐車場に向かいました。

さて。次の目的地は……レンタカーを返却したあとの飲みですよ。蕎麦ですよ ^m^



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今日は年に一度の乳がん検診に行ってきます。
ブログ訪問&お返事遅れますっ



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